技は体術・武器術(剣・杖)を含み、対多人数の場合も想定した総合武術である(ただし、現在は体術のみを指導する師範が大半で、武器術も指導する師範は少ない)。戦時中は旧陸軍中野学校や旧海軍大学校などでも盛平が指導していた。戦後も、自衛隊徒手格闘や警察の逮捕術の技術に大きな影響を及ぼし(多くの女性警察官が、警察学校在学中に修得する武道として合気道を選ぶという 対して男性警察官は多くが柔道・空手である)、機動隊や警察特殊部隊などでも研修が行われている。
技の形態
無駄な力を使わず効率良く相手を制する合気道独特の力の使い方や感覚を「呼吸力」「合気」などと表現し、これを会得することにより、“合理的な”体の運用によって“相手の力と争わず”に相手の攻撃を無力化し、年齢や性別・体格体力に関係なく「小よく大を制す」ことが可能になるとされている。
合気道では「相手の欲するところを自ら与える」とし、一般的に相手の攻撃に対する防御技・返し技の形をとる。(先に自ら打って相手の攻撃を誘う場合もある。)
「入身」「転換」と呼ばれる独特の体捌きによって相手の攻撃線をかわすと同時に、相手の死角に入って自分有利の位置と体勢を確保する。
相手に呼吸を合わせて接触点が離れないよう保ちつつ、接触点を通して相手の重心・体勢を崩れる方向に導いて行く。このとき無駄な力が入ると反射的に相手からの反発を招き、力の抵抗にぶつかる・接触点が外れる等の不具合を生じ、技の流れを阻害する。このため「脱力」ということが特に推奨される。
また相手の側背面などの死角から相手に正対し、かつ自分の中心線上に相手を補足することにより、最小の力で相手の重心・体勢を容易にコントロールし導き崩すことができる。
体勢の崩れた相手に対し呼吸力をもって投げ技や固め技を掛ける。崩しを行わないで技を掛けようとしても技は容易に掛からない。
このように相手との接触点を通じ技を掛ける機微と一連の流れを「結び」「導き」「崩し」と言い、合気道の技の大事な要素として強調することがある。(なお技に熟達すると、直接相手に触れずに、相手の攻撃のタイミングや勢いを利用し導き崩す場合もある。)
稽古の形態
稽古は一般的に、二人一組の約束組手形式(何の技を使うか合意の元に行う)の形稽古中心であり、「取り(捕り)」(技を掛ける側)と「受け」(技を受ける側)の役を相互に交代しながら繰り返し行う。基本的に相手の手首・肘・肩関節を制する幾つかの形から始まり、稽古を重ねる中で多様な応用技・変化技(投げ技・固め技など)を学んで行く。立ち技と正座で行う座り技が中心で、寝技は殆ど行われない。打撃(「当身」)は牽制程度に用いることが多く、打撃中心の稽古は行われないが、合気道の体捌きは常に敵の急所にいつでも打撃を加えこれを制する可能性を持つ(あるいは、関節技の動きの中に当身の理合が隠されている)と言われている(「実戦では当身が七分で技(投げ)三分」という植芝盛平・塩田剛三の言葉も残されている)。蹴り技・足を使った固め技などは基本的には行わない。
柔道のような乱取り稽古は通常は行われない。ただし柔道とも関係の強い日本合気道協会のみ早くから乱取り稽古を取り入れている。主流会派である合気会では一部の例外を除き試合を行わないが、近年では日本合気道協会の他にも合気道S.A.など試合を行う会派も増えつつある。またほとんどの会派が、段級位制をとっている。
演武会
試合を行わない合気道では、各自の技量の向上と世間一般への普及を目的として演武会が開催される。演武とは予め決めた技を順番に演ずることで、同じ技であっても激しく叩きつけるように演ずる者、静かに淡々と演ずる者など個性が現れる。現在のように大勢の演武者が一堂に会して行うようになったのは戦後、植芝吉祥丸2代目道主からである。吉祥丸が合気道の普及に乗り出し、デパートの屋上で演武会を行うと知った盛平は非常に反発した。それまでの演武とは盛平が演武することであって、未熟な者が人前でその技を披露することなど考えられなかった。結局は吉祥丸に押し切られる形で演武会が開催され、現在では各会派が定期的に演武会を開催している。中でも(財)合気会が日本武道館で毎年行う「全日本合気道演武大会」は国内最大規模の演武会である。
一方で演武とは、技を観客に見せることが目的であるために、受け手には次に来る技が分かっており、未熟な受け手は投げ手に積極的に合わせてしまう事がある。それを見た観客の中には合気道をインチキや馴れ合い、あるいは八百長であると誤解する人もいる。
基本的な技
入り身投げ:相手の背後に入身して後ろ襟を取り相手を後方へ引き崩し、腕を相手の首に掛け、相手をそのまま崩した後方へ投げ倒す技。
回転投げ:相手の腕を持ち、大きく上から前、前から下に回し、その勢いで相手の頭を下げさせる。頭が下がったときに、反対の掌で頭部を押さえ、回した腕をそのまま下、後ろ、上と動かし、腕を垂直に立て、肩関節を極めて、前方に崩し投げる。相手の腕が大きく回ることから「回転」の名が付いたと言われる。
四方投げ:相手の腕をもって、相手の腕の外側から、相手の腕をくぐる(くぐると言っても自分の姿勢が崩れるようなくぐり方はしない)。相手の腕は外側にねじれることになるが、相手の腕を相手の後方に持って行くようにすると、肘が曲がり、相手は力が入らなくなる。そのまま、斜め後方に倒す。この時投げる方向や、相手の腕の角度によっては、筋肉や関節を痛めるため、基本的な技の中では一番注意が必要と言える。
小手返し:相手の手首を取り反対の手を相手の手の甲に添え手首を返しつつ肩関節を外転外旋、肘関節を屈曲、前腕を回外、手関節を屈曲させ斜め前方に投げた後相手を腹這いにさせ抑える。
一教:相手の腕を取り肘関節を可動限界まで伸展させ相手を腹這いにさせ抑える。
二教:相手の手首を取り小手をひねり手関節を屈曲、前腕を回内、肘関節を屈曲、肩関節を外転させひざまづかせた後腹這いにさせ抑える。
三教:相手の手首を取り体を回転させながらひねり上げて前腕を回内、肘関節を90°屈曲、肩関節を外転内旋させ爪先立ちにさせた後腹這いにさせ抑える。
(その他の主な技:四教、五教、六教(肘固め)、天地投げ、腰投げ、十字絡み、隅落し、呼吸投げ、合気投げ、合気落し 等)
(以上の技は最大公約数的なものであり、流派や道場によって細部は異なる。同じ技が別の名で呼ばれること、別の技が同じ名で呼ばれることも少なくない。)
技の呼称
合気道の技は相手の攻撃に対して投げ技・もしくは固め技にて応じるのが基本である。技の呼称は「技開始時の受け手・捕り手の位置的関係」または「技開始時の受け手の攻撃形態」に「上記の固有技名」を組み合わせる。
例えば、受け手が右手で捕り手の右手首を掴んだ状態を「片手交差取り」、「斜め片手取り」または「相半身片手取り」という。受け手が手刀を捕り手前額面の真上から振り下ろす攻撃形態を「正面打ち」といい、それぞれの状態から上記いずれの技も派生し得る。
例:
正面打ち+小手返し
片手交差取り+呼吸投げ
など
合気と呼吸力
「合気」と「呼吸力」は合気道技法の原理であると同時に、合気道理念の中心とされる概念。
「合気」はもともと日本古来の武術用語であり、狭義では、相手の力に力で対抗せず、相手の“気”(攻撃の意志、タイミング、力のベクトルなどを含む)に自らの「“気”を合わせ」相手の攻撃を無力化させるような技法群やその原理を指す。 合気道においては上記の意味合いも踏まえ、そこから更に推し進めて「他者と争わず戦いを解消して平和な世界を創出し、自然や宇宙の法則(=“気”)に和合することによって理想の境地を実現する」といった精神理念を表すものとされる。(盛平は「合氣とは愛なり」と語っている。)
「呼吸力」は盛平が自らの武道を確立する過程で生み出した造語であり、従前の「合気」を、盛平独自の主観を通して表現し直したものである。 合気道における「合気」が、主に精神性を表す言葉として用いられるのに対し、「呼吸力」は主に「技法の源になる力」という意味合いで用いられる。 この「呼吸力」が具体的に何の力を指しているかについては、盛平が古事記や神道を引き合いに神秘的・抽象的な表現で語ったため後代様々な解釈を生み、「呼吸(筋)の力である」「“気”の力である」「全身の筋肉を統一した力」など、意見は多岐に分かれる。また「実際の呼吸のように自然で無意識的な力の使い方」といった感覚の含意も指摘される。
合気・呼吸力について、小柄な老人が屈強な大男を幾人も手玉にとり簡単に投げ飛ばしたり押さえ込んでしまう不思議な技、というイメージが一般的に流布し、しばしば怪しげなものとして疑われることも多い。 合気・呼吸力を具体的な技法原理として解明するために、脱力・体重利用・重心移動・腹腰部深層筋・梃子の原理・錯覚や反射の利用・心理操作など様々な側面から説明が試みられているが、科学的実証的な研究が積極的に進められているとは言いがたい現状である。
一方、実際の合気道技法には上記のように心身の構造・物理法則に基づく多様な要素が含まれており、合気道熟達者に見られる、状況に応じて様々な合気道技法のうち最も効果的なものを遅滞なく選択し自在に発揮できる能力や感覚の総体が、合気・呼吸力と称されるものの実相であるという見解もあり、合気・呼吸力を単純に一つの原理として定義付けを図る論法自体に疑問も出ている。
合気道の武器術
合気道の武器術については、師範により下のように見解が分かれている。
合気道の体術に剣術や杖術の理合が含まれている。(あえて剣術や杖術を修練する必要がない)
体術のみでは不十分で剣術や杖術などの武器術も修練する必要がある。(「合気剣」や「合気杖」を修練する師範と、他流の剣術や杖術の形を合気道の理合で解釈して修練する師範に分かれる)
植芝盛平は岩間にて斉藤守弘と武器術の研究をし、斉藤が盛平の武器技を整理した合気剣と合気杖については、これを合気道の武器術と位置付ける師範と、合気剣と合気杖は斉藤の解釈が加わっているとして認めない師範とに分かれる。
他武道・他武術との関係
大東流合気柔術との相違点
技法や稽古法等は大東流合気柔術をほぼ継承している。大東流合気柔術、合気道ともに円の動きで技を掛けるが、大東流に比べ、合気道はより大きな円の動きで技を掛ける。これは、盛平の修行によって至った結論と思われる。 大東流は直線的、合気道は円の動きと分類する向きもあるが、稽古の段階により、あるいは技の種類によって合気道でも直線的でなければならない技もあり、大東流でも円転しなければ使えない技もあるので、はっきりどちらがどうであるとは言い切れない。
技術的には、合気道を大東流合気柔術の一会派とみなして、大東流合気柔術植芝伝と呼ぶ向きもある。事実、大東流合気柔術には多彩な会派があり、合気道がその中の一会派だという見解も成り立ちうる。しかし、大東流合気柔術と合気道で最も鮮明な相違は、武道の目的と意味をどう位置づけるかという思想性だと考えられる。
盛平伝承の合気道は、剣杖など武器による武術を豊富に伝えていながら、古来の武術と一線を画して、万有愛護と宇宙の生成に寄与するためという意識が強い。これは、大本の合気武道時代からのものと考えられ、親英体道にも同様の思想性が見られる。大東流では多く伝わる逆関節技や、足による踏み技・固め技など、荒々しい技の殆どが合気道で省かれているのも、この思想性によると考えられる。
柔道との交流
講道館柔道創始者・嘉納治五郎は植芝盛平の道場を訪れた事があり、その技に魅了された嘉納は望月稔、村重有利、杉野嘉男ら講道館の高段者数名に合気道の修行をさせており、合気道と講道館柔道との間で比較的盛んに交流が行われていた。
盛平の有力な弟子であった塩田剛三(養神館)、富木謙治(日本合気道協会)、望月稔(養正館)、田中万川(大阪合気会)、西尾昭二、清水健二(天道館)も、植芝に入門する前は柔道の有段者であった。特に、富木や望月は植芝の高弟となってからも柔道家としての活動もおこなっており、その理念には合気道・柔道双方の影響がみられる。
剣道との交流
植芝盛平は剣術の研究のために、自らの道場「皇武館」で剣道の指導を行わせた。実際の指導は、親交のあった中山博道(神道無念流)の3人の高弟で「有信館の三羽烏」と呼ばれた中倉清(当時は盛平の婿養子)、羽賀準一、中島五郎蔵が行った。
健康法としての合気道
合気会系の道場では一般的に、稽古の始まりに盛平の考案による「合気体操」と呼ばれる鍛錬法を30分ほど掛けて行うのが慣例となっている。身体各部の柔軟など稽古前の準備運動としての性格もあるが、「鳥船」「振魂」など神道の禊の行法の一部も取り入れられており、これ単独で“気の鍛錬”・“呼吸力の鍛錬”に効果があるとされる。また(財)合気会の理事であった西勝造の「西式健康法」も取り入れられている。
盛平は折有るごとに、「合気道は適度な運動で血行を改善し、骨格を矯正し、体内の“気”の流れを整えることで身体の“穢れ”をはらう“禊ぎ”である」…等と独自の宗教的表現で、合気道の健康効果について述べている。宗教的な儀式性と健康法を結びつけ、それを稽古の目的の一つとしていることも、他の武道には余り見られないユニークな点である。
「護身術」としての有効性に関する議論
通常の筋力や腕力に頼らず相手を制する武道であるということから、「非力な女性の護身術としても有効」と喧伝されてきており、そのように認識している人も少なくないが、現在その点に関し疑問を呈する声もある。
上記意見は、厳密な実験・検証を行い、信憑性の高い公式文書等に公開されたものではない。その意味で、内容はまったく信憑性のない独自研究である。しかし、ある都市伝説の存在も信憑性の高い公式文書で公開されたわけではないが、存在はするといっていい。同じようにそのような意見の存在は認めるべきであろう。
否定的な意見の根拠としては、
日常の稽古形式が形稽古に終始している道場が大多数である。型稽古とは、技をかける方(取り)、かけられる方(受け)を予め決めておき、互いにある程度わかった動きを行う稽古法である。この稽古のときは、受けは本気でこらえることはせず、むしろかけられやすいように動く。返し技(受けが最初に攻撃し、取りがそれを捌きかける技)の練習のときは、受けの最初の攻撃は前もって決まっている。そのように、相手が抵抗しない、相手の攻撃は前もってわかっている稽古だけで、実際の自由な攻防(相手は抵抗する、相手の攻撃はわからない)への対応力が養えているか疑問。
また、これに関係して、合気道が力を必要としないのは、「稽古では相手が抵抗しない型稽古しか行わないから、普段の稽古では力を必要としない、力で劣る人もできる」という意味であり、「護身術・武術として考えたときに合気道のテクニックが優れており、力を使わずとも相手を投げる・固める・制することが出来る」という意味ではない、という意見もある。
またその形稽古の技法が「片手取り」(攻撃者が相手の手首を掴みに来る)「正面打ち」(攻撃者が手刀を振りかぶって打って来る)など、現代の現実の格闘場面では考え難い攻撃法に対処する形になっている(これは合気道の元になった古流柔術が帯刀を前提とした時代のものであり、「抜刀しようと刀の柄に掛けた手を押さえる→片手取り」「刀で斬り掛かって来る→正面打ち」などの場面を想定した稽古法であったことに由来すると言われている)
加えて、合気道の型稽古の技法では、「受けは、多少不利な体制になってもつかんだ手を離さない」や「受けは背中側をとられたら前足を軸に振り向いて相手についていく」や「多少崩れたら、普通に耐えられそうでも受身を取る、(投げられる)」というように、現代の現実の格闘場面では考え難い前提が存在している。(これも、「手を離さない→刀を押さえているから離すと絶対不利」「前足を軸に振り向いてついていく→刀を持っていると前体重だから軸は前足、刀相手に中途半端な距離をとると絶対不利」「崩れたら受身→刀相手に体勢を立て直そうともたつくよりは、受身で大きく間合いを取るほうがいい」というような理由がある、といわれている。)
実際に筋力・腕力に頼らず相手を制する技術は、とても高度で難しいものであるとが予想できるが、高度で難しい技術の習得には多くの時間を要することが通常であり、社会が護身術に期待する速習速成という要求に応えられない。
などがあり、合気道をそのまま一般的な護身術として考えることに疑義を呈する。
陣取り いなか ストメ ワイス さんぼんぎ アント システイン キーホ ワッシャ ネゴシ メモワ パフェ トーキング マラニッ 筆柿 キーノ テレコズ マヨラ プライ ドアミラ リンクサデ ポート エコロジジー エバー ナフタ レポート エス スキトル オーピー マドラサ スパニ パウダー フィル 夏の稲妻 シグサ ツバル タンゼロ ラスバンド アウトカム 黒い塔 ブルンジ ピエール オーバ タリフ ミンス シェルカ スパラ ヌードル モノクロ ミーシー
一方、日本合気道協会(富木流)では主に対短刀を想定した乱取り稽古を行っており、刃物に対する護身術としての合気道となっている。乱取り稽古を行わない会派では、養神館合気道や岩間神信合氣修練会が積極的に護身術としての合気道を指導している。これ以外にも独自に護身術としての合気道の可能性を研究する合気道家や独立会派も複数存在している。 また総合格闘技や空手の中に合気道と共通の技や捌きが見られることから、護身術としての有用性を見出す意見もある。